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横浜地方裁判所 昭和59年(行ウ)13号 判決

原告

近藤作次郎

外一一名

右原告一二名訴訟代理人

増本一彦

被告

建設省所管国有財産部局長神奈川県知事

長洲一二

右指定代理人

窪田守雄

外七名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が訴外山口倉吉に対して昭和五八年一一月七日用第一三五号をもつてした別紙物件目録記載の土地を同訴外人の建築する建築物の敷地内歩道として編入する旨の同意は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の申立て

主文と同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、建設省所管の行政財産である別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、国有財産法に基づき管理する権限を有するものである。

2  被告は、訴外山口倉吉(以下「訴外人」という。)に対し、昭和五八年一一月七日、用第一三五号をもつて本件土地を訴外人ほか四名が共同して建築しようとしている地下一階、地上一〇階延べ面積七九一六・三七平方メートル(うち地下五八一・五〇平方メートル、地上七三三四・八七平方メートル)の建築物(以下「本件建築物」という。)の敷地内歩道として編入する旨の同意(以下「本件同意」という。)をした。

3  しかるに、本件同意には、次のとおり、国有財産法一八条一項に違反する重大かつ明白な瑕疵があり、無効である。

(一) 訴外人らは、本件同意を得たとして、敷地面積一八三九・七八平方メートルの土地に、七九一六・三七平方メートルの本件建築物を建築しようとするものであるが、敷地面積から本件土地の面積一四八・七九平方メートルを控除した、訴外人らの所有する各土地の敷地面積だけでは、建築基準法五二条一項四号で許容する延べ面積と敷地面積との百分比で表わす容積率四〇〇パーセントをはるかに超過するために、本件建築物は違法建築になる。

(二) そこで被告は、本件同意をすることにより、国有財産である本件土地を本件建築物の敷地の一部として整備して爾後その使用を認め、訴外人らに、自己の所有敷地だけでは建築できない階層と、共同住宅個数を利得することを認めたのである。

(三) 本件同意は、本件土地上に本件建築物が建築されないとしても、本件建築物のための占有使用を認めるものであるから、私権の設定を認めたことと同じ意味になる。しかも、本件同意は、海浜地である本件土地を敷地内歩道に用途指定した処分であり、それが専ら訴外人らのための私的利用を保障するためのものであるから、行政財産については私権を設定することができないとする国有財産法一八条一項に違反し、同条二項により、無効な行為である。

(四) なお、被告が本件同意の根拠規定として主張する都市計画法(以下「法」という。)三三条一項一四号の趣旨は、開発行為をする対象土地に所有権、地上権、賃借権等の使用権原を持つ者が、土地の高度利用をするために、その対象土地に他の権利を持つ者との利害の調整を図るためにその同意を得ることにあり、何ら使用権原のない者が、他人の土地を開発行為の対象に取り込むことを認めた規定と解すべきではない。

4  原告適格及び訴えの利益

原告らは、本件建築物の建築敷地の北側及び西側隣地やその東側に約四メートルの道路を挾んで居住し、それぞれ旅館、土産物販売店、食堂等を営業している者であつて、法の許容を超える巨大な建築物が不法に建築されると、その受忍の範囲を超える日照権の侵害、風害、電波障害、ゴミ公害などの回復し難い損害を受けるおそれがある。殊に、原告近藤作次郎の居住地は、本件同意にかかる開発区域の北側に隣接していて、本件建築物が建築されると、終日全く日照が得られないことになる。被告が本件同意をしなければ、本件土地は、開発区域の一部に編入されず、また、本件建築物の建築確認の敷地面積に算入されないから、原告らの日照権の法律上の利益侵害もないのである。

また、原告らは、本件土地につき占有、使用の権原を有しないので、本件同意の効力を争う以外に、その法律上の利益を守る道はない。

5  よつて、原告らは、本件同意の無効確認を求める。

二  被告の本案前の主張

原告らは、本件同意の無効確認を求めるにつき原告適格を欠くものである。

すなわち、行政処分の無効又は取消しを求めることができる者は、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者に限られると解すべきところ、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることによつて保障されている利益であつて、行政法規が他の目的、殊に公益の実現を目的として行政権の行使の制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

本件同意は法三三条一項一四号に基づくものであるところ、法三三条は、法二九条が開発行為について、都道府県知事の許可によつてその一般的禁止を具体的に解除する場合があることを規定しているのを受けて、この解除基準として良好な市街地の形成という公益を達成するために、開発行為がその内容として具備すべき基準を定めたものであつて、私人の権利ないし具体的利益を直接保障することを目的とした規定ではなく、まして法三三条一項一四号の規定は、それ自体開発者と当該開発行為の施行区域内の土地等の権利者との間の権利関係の調整を図るとともに当該開発行為の円滑な施行を目的とした規定であつて、原告ら主張のような周辺住民の私的、個人的な生活上の利益を保護することを目的とした規定ではない。

したがつて、原告らは本件同意の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するものとは認められず、原告適格を欠くものというべきである。

三  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2(一)  同3の冒頭の主張は争う。

(二)  同3(一)の事実は知らない。

(三)  同3(二)のうち、被告が本件同意をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同3(三)、(四)は争う。

3  同4のうち、原告らが本件建築物の敷地の周辺に居住することは認めるが、その余の事実は不知、主張は争う。

四  被告の主張

1  被告は、法三三条一項一四号に基づいて本件同意をしたものであるが、右同意から直ちに原告ら主張のように、被告が訴外人らに対して本件建築物の敷地として本件土地の使用を認めたと解することはできない。

すなわち、本件同意は、訴外人ほか四名が、本件土地を含む藤沢市片瀬海岸一丁目二六三五番ほか一帯の土地を、法に基づく開発区域として、同区域内に複合用途ビルディングである本件建築物の建設を計画したのに伴い、本件土地が右開発行為の施行区域内に取り込まれることになることから、訴外人らにおいて被告に対して右編入することについての同意を求めてきたのに対し、被告において、訴外人に対して本件土地を公共用地として整備させることとして右編入に同意したことを意味する。

2  法四条一二項は、開発行為について「主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいう。」と定義し、法三三条一項一四号は、右開発行為の許可基準の一つとして「当該開発行為の施行又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていること。」と規定している。

右規定から明らかなとおり、同号でいう同意とは、要するに開発区域内の土地等の権利者が開発者に対し、右土地等において開発行為を行うことに承諾を与えることを意味するにすぎず、それ以上に進んで当該土地等に対し使用権原を付与するものではなく、右権原付与行為と開発行為に対する同意とは本来別個のものというべきである。すなわち、仮に右同意に際して当該土地等に対する使用権原が付与される場合があつたとしても、右使用権原自体は、法三三条一項一四号の同意の効果として発生するものではなく、これとは別個の法律関係に基づいて設定されるものというべきである。

3  本件において被告は、訴外人から前記編入の同意を求められたのに対し、その開発行為施行計画等を検討した結果、右施行計画による限り、本件土地において右開発行為が施行されたとしても、右土地自体はそれ自体本件建築物のいわゆる底地となるものではなく、かえつてこれが角地に位置することから東南及び西南の二面において公道と接し、右公道と相まつて通路等として広く一般の用に供することが可能であることなど公共用地としての機能を十分確保しうると判断し、前記のとおり公共用地として整備させることとして、本件同意をしたものである。

したがつて、被告は、本件同意をするに当たり、訴外人らに対して本件建築物の敷地として本件土地の使用権原を付与したことはない。

4  原告らは請求の原因3(四)において、開発行為をしようとする者はその対象土地に使用権原を持つ者に限られるかのように主張するが、法の規定上開発行為をしようとする者を右のように限定する旨の明文の規定はないばかりか、一般に法三三条一項一四号における「妨げとなる権利を有する者」とは、土地については所有権、地上権、賃借権を有する者を含むと解されており、したがつて同号は、あらかじめ対象土地に使用権原を有しない者が右土地において開発行為をしようとして同号に基づいて右土地の所有権者等に同意を求めることを認めた規定と解するべきであつて、原告らの主張は失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1、2の事実及び原告らが本件建築物の敷地の周辺に居住することは当事者間に争いがない。

二被告の本案前の主張について

原告らが本件訴えにつき行政事件訴訟法三六条所定の行政処分の無効の確認を求める法律上の利益を有する者に当たるか否かについて判断する。

1  行政事件訴訟法三六条にいう行政処分の無効確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られると解すべきであるところ、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

2  <証拠>によれば、本件同意は法三三条一項一四号に基づいてされたものであることが認められる。

そこで、原告らが主張する日照阻害、風害等を受けない利益が、本件同意の根拠規定である法三三条一項一四号により、個人的利益として法律上保護されているか否かについて検討してみる。

法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(法一条)、その目的を達成するため都市計画を定め、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分して秩序ある市街地の形成を図ることにしている(法七条)。そして、右区分による秩序ある市街地の形成の実効を担保するため、市街化区域及び市街化調整区域においては、開発行為すなわち主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更(法四条一二項)を都道府県知事の許可にかからしめ(法二九条)、右許可の基準を法三三条一項(市街化調整区域については、なお法三四条)に定めているところ、同項の趣旨は、良好な市街地の形成を図るという公益目的の達成のため、開発行為が都市計画に適合するよう、その備えるべき基準を定めたものであり、右基準のうち、同項一四号にいう当該開発行為をしようとする土地若しくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地又はこれらの土地にある建築物その他の工作物につき当該開発行為の施行又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者(以下「開発行為関係権利者」という。)の相当数の同意とは、開発許可の申請者の資力(同項一二号)及び開発行為に関する工事施行者の能力(同項一三号)に関する規定と相まつて、開発行為関係権利者の開発行為に対する事前の承諾を得て開発行為が円滑かつ確実に完遂されることを確保しようとするものであり、開発行為関係権利者以外の私人、例えば開発区域の周辺住民等の権利ないし具体的利益を直接保護することを目的としたものではないと解するのが相当である。しかして、法三三条一項一四号の同意をする開発行為関係権利者がたまたま国又は公共団体であつたとしても、そのことから当該国又は公共団体がする同意の性格が私人である開発行為関係権利者のする同意と異なり、開発行為関係権利者以外の第三者の個人的な権利又は具体的利益を保護することを目的とすることになると解する根拠は全くないといわなければならない。

してみれば、本件建築物の敷地の周辺に居住する原告らの主張する前記の諸利益は、いずれも法三三条一項一四号によつて保護されたものではなく、原告らは本件同意の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないものというべきである。

三よつて、本件訴えは、その余の点につき判断するまでもなく、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(古館清吾 吉戒修一 河野泰義)

物件目録<省略>

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